本稿では、エンタープライズ向けソリューション「AskDona」を提供してきた株式会社GFLOPSの視点から、フロンティアモデルを持たない国の企業が直面する条件と、その中でAIを活用するための現実的な打ち手を考える。

LLMをめぐる競争は、出発点から公平ではない。

最先端のモデルを開発するには、計算資源、優秀な人材、そして多額の資金が必要になる。高品質な学習データをどう確保し続けるかも課題だ。しかも、一度優れたモデルをつくれば終わりではない。評価、安全性への対応、運用基盤の整備、次のモデルの開発を続ける、長いマラソンである。

こうした条件は、資源が集まる場所をさらに有利にする。

米国企業に加え、中国企業も存在感を強めている。Moonshot AIのKimiシリーズなど、2026年にも新たなモデルの投入が続いている。スタンフォード大学の2026年版AI Indexも、評価対象のベンチマークにおいて、米中のモデル性能差がほぼ解消されたと報告している。

米中以外にも、モデル開発に取り組む企業や研究機関はある。それでも、最先端を継続的に追い続ける体力には差がある。

ここで注目したいのは、個々のモデルの性能だけではない。モデルを継続的に開発し、更新し、提供できる企業群があることだ。その基盤を自前で持たない国の企業は、価格、提供地域、更新時期、機能の変更といった、自分たちでは決められない条件の中で事業を進めることになる。

この非対称性は、組織の機密データを扱う場面で、より鮮明になる。

GFLOPSがRAG事業を通じて感じてきたのは、使いたいモデルが存在することと、自社の条件でそのモデルを使えることの間には、大きな隔たりがあるということだ。

日本企業との取り組みでは、自社のデータを外部のAIに渡すことへの強い抵抗感に直面してきた。顧客情報、業務上のノウハウ、意思決定の記録は、企業の競争力そのものだ。それを扱う仕組みが、他社や他国の方針に左右されることへの懸念には理由がある。

ただし、「データを使われたくない」という言葉には、いくつかの異なる問題が含まれている。

モデルの学習に使われること。入力や出力がログに残ること。国外で保存・処理されること。特定の事業者から離れられなくなること。これらは、それぞれ分けて考える必要がある。

例えばOpenAI APIでは、明示的にデータ共有へ同意しない限り、送信データはモデルの学習に使われない。一方、学習に使われないことと、保持されないことは別だ。不正利用の監視に伴うログ保持などについても確認する必要がある。

その対策の一つが、Zero Data Retention、いわゆるゼロリテンションである。ただし、適用には承認や対象機能などの条件があり、例外もある。名称だけで、あらゆるデータが一切残らないと判断することはできない。

もう一つの選択肢が、一般にオープンソースモデルと呼ばれるモデル群だ。

ただし、重みが公開され、自社環境で動かせることと、コードや学習データに関する情報まで含めてオープンであることは同じではない。OSIのOpen Source AIの定義でも、重みの公開だけでなく、コード、学習データに関する情報、利用・改変・再配布の自由などが求められている。本稿では、主に重みを取得して自社で運用できるモデルを指して「オープンウェイトモデル」と呼ぶ。

オープンウェイトモデルを自社の管理下で動かせば、外部の推論サービスへ機密データを送らずに済む構成をつくれる。しかし、モデルを入手することと、業務で安定して使える状態にすることは違う。

計算資源の確保、障害対応、性能評価、更新、セキュリティへの対応まで、自分たちで運用を担う必要がある。商用利用や改変・再配布の条件も、モデルごとに確認しなければならない。

また、重みが公開されていることは、将来の更新や保守が永続的に約束されていることを意味しない。手元のモデルを運用し続ける選択肢は持てても、次の世代が公開される保証まで得られるわけではない。

モデルの提供元への依存を減らせる一方で、自分たちが引き受ける責任は増える。では、外部サービスを利用しながら、リージョン指定とゼロリテンションを組み合わせればよいのだろうか。

ここにも、確認すべき条件がある。

まず、「リージョンを指定できる」という説明だけでは、推論までその地域で完結するとは限らない。データの保存場所、リソースを作成する場所、実際に推論が行われる場所は、分けて確認する必要がある。

例えばOpenAIは、地域内保存への対応が、地域内処理への対応を意味するわけではないと説明している。地域内処理に対応しないリージョンでは、指定地域外での処理や一時保存が行われる場合がある。Azureでも、Globalデプロイでは世界の対応地域で処理され得る一方、Data Zoneデプロイでは指定されたゾーン内で処理される。ただし、そのゾーンが単一の国に限定されるとは限らない。

機密データを国内から出さないことが要件なら、保存先だけでなく、推論先まで国内に限定される構成を選ぶ必要がある。ゼロリテンションは別の条件であり、データを保持しないことが、そのデータを国外へ送らないことを意味するわけではない。

そして、その条件を満たしたうえで、利用できるモデル、機能、処理能力を確認することになる。

GFLOPSが経験してきた範囲では、特定リージョンでの利用を求めた結果、希望する最新モデルや機能をすぐには使えない場面があった。Microsoftも、Globalデプロイに新しいモデルや機能を先行提供すると説明している。

つまり、モデルの発表日と、自社のセキュリティ要件を満たす環境で使い始められる日は、同じとは限らない。

このとき、最も気になるのは、モデルの世代差そのものよりも、試行錯誤の回数に差がつくことだ。

使える環境が整うのを待っている間にも、条件の整った企業は、考える、つくる、届けるという工程にAIを組み込み、改善を重ねられる。その経験が蓄積するほど、次の業務をAIに任せるための判断も速くなる。

米中のすべての企業が自由にAIを使えるわけではない。それでも、利用条件の違いが、組織の学習速度の違いにつながる可能性はある。

競合がその改善を積み上げる中で、「AIを使わず、今までどおり人が頑張る」を長期的な方針にするのは厳しい。自動化できる業務まで人手で抱え続ければ、コストだけでなく、次の改善に使える時間でも差が開いていく。

フロンティアモデルを持たない側は、こうした制約を前提とした「弱者の戦い方」を迫られている。その中で現実的な打ち手になるのが、人の手を離れて完了する業務を、一つずつ確立していくことである。

モデルが最新であっても、一世代前であっても、必要な成果を安定して出せるなら、その業務にとっては十分な価値がある。まずは、業務の目的と合格条件を明確にする。そして、利用可能な技術で、その条件を満たせる範囲を探す。

例えば、定型書類から必要な項目を抽出し、既存データと照合し、条件を満たすものを登録する業務を考える。対象を絞り、入力形式を整え、機械的な検証を組み合わせれば、必ずしも最先端の汎用モデルを必要としない構成を検討できる。

判断が難しいものだけ人に戻せるようにすれば、すべての処理を人が確認する必要も減らせる。

ここで測るべきなのは、回答の流暢さだけではない。業務が完了した割合、誤りの内容、人への差し戻し、修正にかかった時間まで見て、任せられる範囲を決めることだ。モデルを替えたときにも同じ基準で評価できれば、特定モデルへの依存も小さくできる。

そのうえで、業務ごとにセキュリティの落としどころを探していく。

外部へ出せない情報を含む処理は管理下の環境で行う。公開情報だけで成立する処理は外部サービスを活用する。送信する情報を必要な範囲に絞れる業務もある。何を守るための制約なのかを明確にすれば、実行可能な対策も探しやすくなる。

品質、速度、コスト、安全性には緊張関係がある。ただし、品質を上げれば必ず遅くなるわけでも、速度を上げれば必ず危険になるわけでもない。業務の分け方や検証方法を変えることで、両方を改善できる余地もある。

その設計と判断には、人の時間が必要だ。

日々の作業で手いっぱいの組織に、新しい技術の評価やセキュリティの議論まで上乗せしても、十分には進まない。先に自動化できる範囲をつくり、そこで生まれた余力を、次に任せる業務の設計と検証へ回す。その循環をつくることが重要になる。

AIを活用するツールの事業者にも、同じ課題がある。

特定リージョンで提供されるモデルだけを前提にすると、基盤側の提供時期が、そのまま自社の製品開発の制約になり得る。モデルの進歩が製品価値に直結する事業ほど、その影響は大きい。

その意味で、米国での起業や事業展開を検討し、利用条件の整った市場で先に製品を磨くことは、一つの選択肢になる。そこで得た知見をもとに、各地域の要件に合わせて展開する考え方だ。

ただし、法人を米国に置けば、顧客データの扱いやサービスの利用条件が自動的に解決するわけではない。拠点の選択と、提供するシステムの設計は、両方を考える必要がある。

地域特化にも、顧客業務への理解や導入支援という価値がある。その価値を生かすためにも、特定モデルや提供地域に製品全体を固定しすぎず、必要に応じてモデルを替えられる構造を持ちたい。

フロンティアモデルを持たない側には、自分たちでは変えられない条件がある。それでも、自分たちで設計できる業務、評価できる品質、管理できるデータはある。

使える技術で完了する仕事を増やし、そこで得た時間を次の改善に使う。GFLOPSは、そこに現実的な突破口があると考えている。

本稿は、GFLOPSがRAG事業者として、組織のデータを活用するAIの導入・運用に関わってきた経験をもとにした考察である。国家のAI政策全体や、すべてのAIソリューションに同じ結論を当てはめるものではない。